高山祭
今年4月、3年ぶりに高山祭が開催されました。コロナ禍の中1昨年は神事のみ。昨年も大幅に縮小しての開催でした。祭りの目玉である屋台はそれぞれの屋台蔵と呼ばれる蔵での公開でした。今年は期待の高まる中、残念ながら天候に恵まれず例年の屋台の曳き揃え、巡行はできませんでしたが、雨の合間を縫って数台が赤い中橋の上に並び、御旅所と呼ばれる処でからくりや獅子舞の奉納が行われました。「かんかこかん」(闘鶏楽)と呼ばれる鐘の音が聞こえるとじっとしてはいられません。
高山祭とは「春の山王日枝神社(4月14.15日)」、「秋の桜山八幡神宮(10月9.10日)」の例祭を総称しています。ユネスコの世界無形文化遺産(山・鉾・屋台行事)に登録され、日本三大美祭りにあげられています。屋台は絢爛豪華なもので「動く陽明門」と言われ、からくりや曳き揃え、100個以上の提灯をつけての宵祭りの曳き別れなど、魅力にあふれた祭りです。
高山市内には数多くの神社があり、山王日枝神社や八幡神宮はそれらの氏子たちの祭りで、それ以外の各神社にもそれぞれ氏子がいて神事を行っています。私の住んでいる所にも八幡神社(朝日町万石)があり5月4日が祭りです。5月上旬は毎日のようにどこかで祭りがあります。4月14、15日は山王日枝神社だけでなく一本杉白山神社他いくつかの神社の祭りも開催されます。因みに私の仕事場は山王日枝神社、道を挟んで向かい側が一本杉神社で、両方の巡行が店の前を通ります。それらの祭りは屋台がないだけで、闘鶏楽や巡行は規模が違うだけでほぼ一緒のことをします。
空模様が怪しい。屋台を出す? 出さない? の判断は誰がするの? どうやって伝えるの? 私も今回調べていて初めて知ったのですが、江戸時代から伝わるそのままのやり方で決めて、竹の先に書面を挟み伝令するらしいです。時代劇に出てくる直訴状みたいな感じでしょうか? その他細かく決めごとがあって連綿と続けてきていることがたくさんあって、私の知らないことだらけです。そんなことを書き出すと紙面が無くなるので止めておきます。
変わりゆく伝統の継承
今年コロナが終息していないにも拘らず開催したのには関係者(氏子)たちの強い危機感があったためです。特に獅子舞や闘鶏楽、お囃子などは子供たちが担っている部分も多く、上級生が下級生に教えているのですが、上級生が卒業してしまうと継承されなくなってしまうのではないかと危惧されたからです。ただでさえ若い人や子供たちが少なくなっていますから、コロナじゃなくても伝統的な継承は悩ましい問題です。小雨の中奉納された獅子舞のお囃子の笛を吹いているのは中高生の女子達です。最近は女子も笛を吹くようになったみたいですね。昔は男子が中心で、女子は巫女さんくらいしか参加できませんでしたから。 そして今年はついに獅子舞にも小学生の女子が参加しました。成人した長男しかできなかった獅子舞が、徐々に壁が取り払われ今度は男女の壁がなくなりました。
「文化を継承していくためには男とか女とか言っていられないです。」とのこと。伝統の形を守り続けていると伝統が途絶えてしまうというジレンマの中で、地方の祭り文化の中にもダイバーシティが広がりつつあります。

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